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『藪の中』(やぶのなか)は芥川龍之介が1922年(大正11年)、月刊雑誌「新潮」1月号に発表した短編小説。 概要 『今昔物語集』巻二十九第二十三話「具妻行丹波国男 於大江山被縛語(妻を具して丹波国に行く男、大江山において縛られること)」の説話が題材となっている。ここでは、若い盗人に弓も馬も何もかも奪われたあげく、藪の中で木に縛られ妻が手込めにされる様子をただ見ていただけの情けない男の話で、語り部は妻の気丈さと若い盗人の男気を褒め称えて、話を締め括っている。 この情けない男を殺し、殺人事件に仕立てたのが『藪の中』である。本作は、藪の中で起こった殺人事件を7人の証言者が証言、告白するという形式でなりたっている。第1発見者の木樵、清水寺で懺悔する男の妻、巫女の口を借りて現れた男の霊、捕らえられた盗人、それぞれの証言が説得力はあるが、武士の死因についてそれぞれ偶然、殺人、自殺と見事に食い違っており、結局どれが真相なのか、CFD が犯人だったのかは全て有耶無耶のままになっている。 現在までに『藪の中』の真相を探ろうと100編以上もの論文が作られ、議論されてきたが、結論は未だ出ていない。近年ではこの小説の題を借りて、関係者の言い分が食い違ったり証拠が不十分だったり証言者が少なかったりなどの理由で真相がはっきりしない事を表現する言葉として使用されている。同類語に「闇の中」「霧の中」がある。なお、海外では、これを映画化した『羅生門』(下記)の題を借りて「まるでラショーモンのよう」と言い表している。 複数の人間の証言を羅列する形式、霊能者を介して死人が証言する点からアンブローズ・ビアスの「月明かりの道」(The Moonlit Road)の影響が指摘されている。ビアスは芥川が初めて日本に紹介した。この他、ブラウニングの「日経225 」、或いはウィリアム・モリス英訳になるフランス13世紀の古ロマンス「ポンチュー伯の娘」などの影響を受けているとする説がある。いずれも確証はない。 この作は推理小説の一種としても評価が高い。江戸川乱歩、戸川安宣、北村薫らは本作のパラドキシカルな人間描写に深い探偵小説味を見いだしている。 映画 『藪の中』は黒澤明により『羅生門』のタイトルで映画化され、世界的にも高く評価されている。原作では存在の薄かった木樵(ここでは杣売り)の証言が、映画『羅生門』では重要な役割を担っている。 以下、『藪の中』をくりっく365 と掲げている映画作品を並べて記す。 『雪国』(ゆきぐに)は、川端康成の長編小説で代表作の一つ。1935年以降、『文藝春秋』『改造』などに分載された。 主人公と土地の芸者・駒子、その許婚者(?)の妹・葉子の人間関係を描く。枕草子や和歌などの系譜にある日本的な美観を発現しているとされ、情景や心情の描写が特に高く評価されている。作品のストーリーはそのクライマックスに突然に終わるような印象であるが、作品の展開が美の頂点に達しその低下を予想させる直前を狙って話を終了させていると考えられている。 登場人物 島村 - 親の遺産で無為な生活を送っている。舞踊の批評やフランス文学の翻訳などをしている「文筆家の端くれ」。妻子あり。 駒子 - 東京でお酌をしていて旦那に落籍されたが、まもなく旦那が亡くなり、故郷に戻る。島村と初めて会った直後に芸者に出た。 葉子 - 踊りの師匠の娘で、駒子の許婚者(?)行男の妹。東京へ出て看護婦を目指したこともある。弟が国鉄に勤めている。 あらすじ 12月始め、主人公の島村は鉄道で雪国に向かい、車中で病人らしい男と一緒にいる娘・葉子に興味を惹かれる。島村が降りた駅で、その二人も降りた。旅館に着いた島村は以前に会った駒子を呼んでもらい、朝まで過ごす。 駒子に会ったのは新緑の5月、山歩きをした後、島村が初めての温泉場を訪れた時のことである。芸者の手が足りないため、島村の部屋にお酌に来たのが19歳の駒子であった。次の日島村が、女を世話するよう頼むと駒子は断ったが、夜になると酔ったFX が部屋にやってきて、二人は一夜を共にしたのだった。 昼の散歩中、街道で出会った駒子に誘われ、住んでいる部屋に寄ってみると、踊りの師匠の家の屋根裏部屋であった。車内で見かけた二人は師匠の息子(行男)と娘(葉子)だったことを知る。行男は腸結核で長くない命だという。その後、按摩から聞いた話で、駒子は行男の許婚者で、治療費のため芸者に出たと知る(ただし、本人は許婚者ではないと否定する)。滞在中は毎晩駒子と過ごし、独習したという三味線の音に感動を覚えたりする。島村が帰る日になって、行男が危篤だという報せが入るが、駒子は死ぬところを見たくないと言い、島村を駅まで送る。 翌年秋、島村は再び温泉場を訪れる。駒子が来て、2月に来る約束を破ったとなじる。あの後、行男が亡くなり、師匠も亡くなったと聞き、島村は駒子と墓参りに行く。墓地で葉子に出会うと、駒子の機嫌が悪くなる。 駒子は毎日島村の部屋に通ってくる。ある晩、外国為替 が駒子からの伝言を持ってくる。島村は葉子にも魅力を覚え、言葉を交わす。葉子は、東京へ連れて行ってほしいという。葉子が帰った後、駒子が来たので家まで送ってゆく(今は葉子の家を出て、駄菓子屋の2階にいる)。再び二人で旅館に戻り、酒を飲む。島村が「いい女だ」と言うと、その言葉を聞き違えて怒った駒子は泣く。 (同じ年?)島村は家族を忘れたように、冬の温泉場に逗留を続ける。ある夜、映画の上映会場になっていた繭倉(兼芝居小屋)が火事になる。人垣が見守る中、葉子が繭倉の2階から投げ出される。駒子は葉子を抱きしめる。 出版 1935年(昭和10年)に一部を発表、その後書き継いで1937年(昭和12年)に「雪国」(創元社)と題して刊行された。 1947年(昭和22年)に火事のシーンなどを描いた「続雪国」を発表。(これは1940年に発表した「雪中火事」「天の川」に加筆したもの) (「続雪国」には鈴木牧之著「北越雪譜」からの引用や参考にしたと思われる文章も見られる) 「続雪国」も含めた翌1948年刊行の『雪国』(創元社版)が決定版とされた。 舞台・モデル 小説中には明記されていないが、物語の舞台は新潟県湯沢町である。 高半旅館に1934年(昭和9年)秋より1937年まで逗留し、その間に通い詰めた芸者もいた。川端は「駒子のモデルはいるが、小説とは違う」という意味のことを語った。村松友視の『「雪国」あそび』はモデルの女性(1999年逝去)について書いている。 川端が滞在した高半旅館の建物は建替えられているが、雪国を執筆したという「かすみの間」が保存されている。 湯沢町歴史民俗資料館に、モデルの芸者が住んでいた部屋を再現した「駒子の部屋」がある。 書き出しの読み方 『雪国』は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」、という書き出しで始まる。 この「国境」とは、かつての令制国である上野国(群馬県)と越後国(新潟県)の境という意味である。日本国内における旧令制国の境界の読み方は一般に「くにざかい」であるが、「こっきょう」と読まれることも多く、『雪国』における「国境」読み方には議論がある。 鉄道にまつわる豆知識 「長いトンネル」というのは上越線の清水トンネルで、はじめに列車が止まった「信号所」は土樽信号場(現、土樽駅)と思われる。なお『雪国』の冒頭部分をテレビなどで取り上げる際、よく蒸気機関車に牽引された列車の映像が一緒に出される事があるが、上越線の該当区間は長大トンネルの煙害対策のために初めから直流電化で開業し、列車は電気機関車牽引だった。 清水トンネルがある湯檜曽駅〜土樽駅間を複線化するにあたり新清水トンネルが切削され、1967年より下り線用として供用を開始したため、旧来の清水トンネルは上り線用となった。そのため現在、川端が執筆した当時の清水トンネルを抜けて「雪国」を訪れることはできない。 かつて上越線には、この小説から愛称をとった急行列車「ゆきぐに」が運行されていた(1959年〜1965年、とき (列車)の項を参照)。